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みなみ会館さま、今年もありがとうございます!!

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 6月19日(月)01時50分13秒
返信・引用
   55さん、みなみ会館の上映スケジュールお知らせいただきありがとうございます!!
3日目の体力の件、当方も体力の衰えを日々実感しておりますので
分かります!!何せ、今日・昨日とバルカン半島における民族紛争や歴史等々に
精神的、体力的に参っておりますので・・・とにもかくにも、15日からみなみ会館で
皆さまにお目にかかれるのを楽しみにしております。

 尚、添付の写真はセルビアの王家の小さなチャペルの天井に描かれた
眉間にソ連軍による銃弾の残るキリスト像です。
セルビア王家では、外国人観光客に自身の王宮を公開しています。

http://kyoto-minamikaikan.jp/archives/32070

 
 

今年の映画祭

 投稿者:55  投稿日:2017年 6月18日(日)21時50分22秒
返信・引用
  みなみ会館スケジュール出ました
公式サイトをチェックして下さい

それにしても、
編成をもう少し工夫して頂けると嬉しいかも
3日目の体力が心配です
速攻京都駅に突っ走る身の上には、、、
 

美しくも青くもないドナウ川の流れ

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 6月15日(木)15時51分53秒
返信・引用 編集済
   久しぶりにサイトのUPを完了しました。
添付の写真は昨日行った、ハンガリーのエステルゴム。
エステルゴム大聖堂とドナウベント(ドナウの曲がり角)
ドナウ川の流れは美しくも青くもないけれど、快晴に恵まれ
ドナウ川クルーズを満喫しております。
 

京都みなみ会館

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 6月10日(土)22時37分57秒
返信・引用
   標題の件では、詳細をなかなかお知らせ出来ませんでしたが
解禁となったぶんだけ、以下のようにお知らせ致します。

①時期:7/15(土)~7/23(日)の9日間開催で12本上映となります。
②最初の3日間で、全作品が見られます!!
③特集1:没後10年、田中徳三監督+内藤昭美術監督コンビ作品6本上映。
④特集2:大政奉還から150年特集6本上映、そして来年の明治維新から150年特集に続く

以上ですが、詳細判明次第順次お知らせしますね。
当方は15日朝8時に伊丹着の予定なので、15日の朝一の上映から
雷友の皆さまにお目にかかれます。

それから、本日午後3時の便でウィーンへ向かいます。
二週間のドナウ川クルーズに参加するのですが
その間、UPが滞るかもしれませんが
事情をお察しいただき、宜しくお願い致します。


 

幻のフィルム

 投稿者:Blackadder  投稿日:2017年 6月 2日(金)22時55分57秒
返信・引用
  新参にて一回かぎりお邪魔します。あるいは、こちらの常連の方々はとっくの昔にご承知かとも思うのですが、1957年、関西俳優協会の第三回俳優祭に特別出演され、「保名」を踊られた時のフィルムが残っていましたね。あの時分、錦之介はともかく、将来を嘱望された雷蔵・橋蔵を失ったことは梨園にとっては痛かったと思いますが、雷蔵氏に限れば、養父の寿の字海老は一代限りの大御所とはいえ、主流とはとてもいえなかったし、もし彼が養父没後も存命していて、仮に歌舞伎界に復帰していたにしても、実力にかかわらず恐らく終生ワキ扱いで、到底後世に残るような伝説的な役者にはなれなかったでしょう。これは同時期に映画界でスター級になっていた大谷友右衛門(四世中村雀右衛門)が歌舞伎に復帰した後、高麗屋一門というれっきとした閨閥のバックがあるにもかかわらず、かなり長い間「冷や飯を食わされた」例でも推測できます。その意味で、やはりご当人は選択を誤らなかったことになるでしょうね。とはいえ、映画に行かずに歌舞伎で細く長くやっていたら、今に至るまで長生きできたかは神のみぞ知るで、結局、天に選ばれし者は早く天に召される定めなのでしょう。  

雷蔵さんに会って参りました(^。+;

 投稿者:小三太夫(改6)  投稿日:2017年 5月28日(日)01時08分35秒
返信・引用
  ・・・・と言っても以前、この掲示板でもチラリと話題が出た噺家の四代目 春雨や雷蔵さんです(^。+;

 先週の21日、日本橋の寄席で雷蔵師匠の噺「強情灸」を聴き、噺の中に「石川五右衛門」が出て来て、思わず「忍びの者」で雷蔵さんが演じた五右衛門を想像しちゃいましたです。(^。+;

 終演後、打ち上げの席でお話を伺えましたが、俳優の滝田祐介さん(「若親分 兇状旅」「中の学校 竜三号指令」に出演されてましたね)を思わせるスマートでハンサムな風貌、粋な立ち振る舞いと仕草に、江戸落語の演者たる風格を感じました

 亭号とお名前の「雷蔵」は明治時代から続いた四代目で有る事や、定紋の違い等を、細かく教えて頂き 大変に勉強になりました。

雷蔵師匠は「雷蔵八百夜」と題して毎月、独演会を お江戸日本橋亭で夕方から開催しているそうですから、宜しかったら一度聴きに行って下さいまし。
(800回を成就するには100歳を迎えなければならない計算ですけど、雷蔵さんの映画の本数が400本に届かなかった事を思うと、スゴイ目標ですよね。)
 

7月29日東京雷夢忌

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 5月19日(金)01時30分28秒
返信・引用 編集済
  標題ですが、東京プリンスホテル カラオケルーム・ペトレアさんと
交渉の結果、午後3時から3時間を4時間に(7時までEnjyo出来ます)
乾杯のスパークリングワインにスペシャルデザート(当日までひ・み・つ)
でもお知りになりたい方はMailください。
ゲストも真城さん、三夏さんがいらっしゃいます。

 4時間もありますから、雷蔵さんの映画を鑑賞することも出来るし
真城さん、三夏さんの美声を聴いて、雷友ののど自慢に耳を傾けられます。

 会場のスペースもありますので22名までとなりますので
ご参加希望の方はMailをお送りくださいね。

http://www.raizofan.net/rainews/17raimukiT.htm

 

陸軍中野学校シリーズ

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 5月16日(火)14時13分10秒
返信・引用 編集済
   鏑矢さん、ある雷蔵さんファンさんへのご回答ありがとうございます!!

 ある雷蔵ファンさん、下記URLを見てください。
昭和42年当時の大映直営館の絵看板『陸軍中野学校 竜三号指令』ですが
これを見れば、当時の大映を背負っていたのがカツライスだという事が
よくわかっていただけると思います。

 Memorialには雷蔵絵看板というカテゴリーもありますので
そちらを見てくだされば、忍びの者の人気もまたよくわかっていただけると思います。

http://raizofan.net/link11/ekanban1.htm

 

雷蔵さんにはまりましょう!

 投稿者:鏑矢  投稿日:2017年 5月16日(火)06時54分48秒
返信・引用
  >またまた鏑矢です。
>ある雷蔵ファンさん! 全然遅くないです! 雷蔵さんにはまった時が、あなたの運命いや宿命だったのです。どんどん作品見てください。
きっと年末にはかなりの作品を制覇していることでしょう。

時代劇も現代劇と言われる明治以降の作品も傑作は多いです。
実質153本(新人監督デビュー作品の賛助出演4本と市川雷蔵での特出1本と同じく市川雷蔵での撮影所のプロモーションフィルム的作品1本の、計6本は除く)をどんどん見て未見を減らして下さい。その時その時によって、雷蔵観が変わってくると思いますが、雷蔵さんの素晴らしさを実感されることでしょう。
 

鏑矢さんへ

 投稿者:ある雷蔵ファン  投稿日:2017年 5月11日(木)15時47分18秒
返信・引用
  教えてくださってどうもありがとうございました

今年になって雷蔵さんファンになるのも
遅すぎると思いますが
見れる作品はどんどん見ていきたいと思ってます





 

ある雷蔵ファンさんへ

 投稿者:鏑矢  投稿日:2017年 5月11日(木)06時30分43秒
返信・引用
  >私が出しゃばってなんですが。(回答は早い方がベストと思ったので)
以前何かに載っていましたが、どなたが書いておられたかは忘れましたが、
当時雷蔵さんの代表的シリーズ、つまり四大シリーズのうち、興行成績が良かったのは、
忍びの者と若親分で、その次というか下が眠狂四郎と陸軍中野学校とのことです。

 それなりに人気はあったのではないでしょうか。5本も制作されてますし。
世間的に評価が高いのは、やはり増村保造監督の第一作です。
あと太平洋戦争勃発前の時代背景、戦争物ということでモノクロ作品です。
忍びの者も戦国物ということでモノクロです。これは第1作・第2作は大ヒットで、「忍者ブーム」が
沸き起こったそうです。ただ戦国物の時代劇作品ということで、セット等お金がかかったという
回顧コメントを見た記憶があります。
 以上です。
 

艶っぽいですね

 投稿者:ある雷蔵ファン  投稿日:2017年 5月10日(水)21時04分19秒
返信・引用
  雷蔵さんって。

2017年の現在になってあらすじを読んで
これは見てみたいと思って買ったDVDがある殺し屋でした

それまで雷蔵さんの事は名前しか知らなかったのですが
ネットで調べてるうちにこの素晴らしいHPに辿り着きました
感謝してます

どなたかにお聞きしたいんですが
当時 陸軍中野学校シリーズは人気あったのでしょうか?

 

雑感

 投稿者:鏑矢  投稿日:2017年 5月10日(水)07時29分21秒
返信・引用
  >又々、ちょっとぶりの鏑矢です。
一念発起がやっと現実のものになって、室内の「断捨離」が確実に進行中。
映画・大相撲・プロ野球の他に、小説・エッセイ等の単行本・文庫本整理で、こんなにも
買い漁っていたんだと改めてびっくり!譲渡もありますが、結構集まっていたんだなあと・・・


 雷蔵さん関連本・大映本・映画作品ランキング諸々を再確認。
雷蔵さんも1983年、『シネアルバム103 市川雷蔵:芳賀書店』を一区切りに今後雷蔵本は出さないと、
当時、朗雷会会長の石川とく子(石川篤代)氏が、奥様の太田雅子夫人と決めたとか。

その後、和久本みさ子氏(仏映画評論家)が、雷蔵ブームを仕掛けたおかげで、
1991年、雷蔵さんの大々的な再ブームが起こり、第1回映画祭が大阪道頓堀キリンプラザ大阪で開催。
次いで京都九条大宮(東寺近く)の京都みなみ会館で、「RAIZO,91」開催。
以来今日まで続いているみなみ会館さんは本当に偉い!凄い!

 今後もどんどん角川さんがDVD発売してもらって、今秋から年末に向けて、大映俳優祭(男優・女優)
盛り上がってくれー  勿論、ご命日の雷夢忌も!!
 

市川海老蔵に、ござりまする。5/7(日)19:00BS日テレ

 投稿者:さほ  投稿日:2017年 5月 7日(日)22時08分23秒
返信・引用
  本日放送された『市川海老蔵に、ござりまする。』(5/7(日)19:00BS日テレ)にて、

海老蔵さんが、市川家所縁の名跡を復活させていきたいというお話の中で

復活させたい名跡として「市川寿海、市川雷蔵」をあげられていました!

市川雷蔵の名前が、雷さまを知らない世代に浸透するきっかけになるなら、嬉しいことだなと思った次第です。
 

湯布院映画祭 泊まるところを予約

 投稿者:ヤマモト  投稿日:2017年 5月 1日(月)17時33分48秒
返信・引用 編集済
  >  モチロン!行きます。全期間参加します。
> 先月、すでに開催期間中の宿の予約も済ませております。

わたしも、今日いつものところを予約しました。
既に何人かの予約は入っているようです。

シンポジウムでは、三輪さんの話も楽しみにしています。
とっておきの話が多く聞けそうですね。
 

神出鬼没そして言いっぱなし

 投稿者:水島友  投稿日:2017年 5月 1日(月)15時20分9秒
返信・引用
  でごめんなさい。最早どなた?状態かとは存じますが、言わせてください!!!!!!超遅まきながら、眠狂四郎『無頼剣』拝見しましたああああああああ素晴らしい!!!!!素晴らしすぎる!!!!!!雷蔵さん単体の魅力だけではなく、総じてこの時代の作品は本当にハイレベルだとつくづく思います。江戸のぼんぼん様が言及されていらっしゃる『殺し屋』シリーズも私は大変好きですが、どちらも単なるエンターテイメント作品ではなく、根底に骨太なものが流れていると思います。すみません周りに誰も話せる人いないので毎度言いっぱなしですが。雷蔵さまあああああああああ!!!!!!!!!!  

雷蔵さんと森一生監督(後編)

 投稿者:江戸のぼんぼん  投稿日:2017年 4月24日(月)10時34分8秒
返信・引用
  [ 雷蔵さんの魅力 ]
監督 『あの人のイメージは悲しみでありながら、シャシンが爽やかなんですよ。これがね、ちよつとない俳優さんだと思ふんです。悲しみだけだつたら、新劇の連中がよくやりますね、変にもつたいぶつた表現になつちやふけど(笑)。雷ちやんのは、悲しみを突き抜けて爽やかなんですね。人間的にほんとに爽やかな人だと思ひます。』

雷蔵さんが出演した作品百五十九本のうち、三十本もメガフォンを取つた監督の印象がこれです。歌舞伎役者のごとく大時代的でなく、新劇役者のごとく勿体ぶつてもゐない、稀有な役者に巡り遭へたといふ嬉しさが、言葉の端々に伺へますね。雷蔵さんとしても、いい監督に出会つたと思ひます。

[ 雷蔵さんの演技力 ]
監督『「ある殺し屋」あれ、なんとなく時代劇の匂ひがあるでせう。あとで雷蔵さんに言つたんです。「雷ちやん、あれが良かつたんは、雷ちやんの持つてたいままでの時代劇の演技の筋が、案外あのなかに生きてるんぢやないかな」と。いはゆる現代劇の俳優さんだつたら、あすこまで骨があつて腰の入つてる演技はできなかつたんぢやないか、と、なんかさういふ気がしたんですよ。』

この表現がピタリと当て嵌まるのが、下名の見る処、成田三樹夫が雷蔵さんにピストルを突き付けて脅す場面です。腰が引けて冷や汗を垂らしてゐる成田を、脅されるどころか反対にグッと睨みつける雷蔵さんの気迫は、武士が真剣勝負において相手との間合ひを完全に読み切つた時と同様、自信に満ち満ちてをります。その科白がまた憎い。
「お前は若いなあ、一寸先も見えちやゐねえ」
この一言で片づけるんですから、凄みがあります。
だから下名も「時代劇の匂ひ」を感じ取りましたよ、いや、正確に言へば、歌舞伎と時代劇で鍛へ上げた、古今東西の英雄に共通する「強さ」を的確に表現する力を、雷蔵さんは身に着けてゐたといふことでせう。

[ 森雷(シンライ)関係 ]
監督 『ぼくはいつも自分がわからんときは、雷蔵さんに相談しましたね。「このカットをかうしたいんだけど、あなたが考へて、いままでの全体から見て調子が崩れるやうに思ふか思はないか」と。』
『したら、思ふときはさう言ふし、「思はん、これでいいんぢやないですか」ちゆふて。いつも相談かけましたな、ぼくは。雷蔵さんは相談のしがひのあつた人です。いつも考へてましたよ、なにか。その考へてるものが画(え)に出ないでせう、あの人は。だからね、爽やかなんです。』

天才監督が、二十歳も年下の役者に「相談」したんですから、雷蔵さんも間違ひなく天才だといふことですね。それも単に役者としてだけでなく、作品全体を見通すプロデューサーのやうな視点と才能も、同時に持ち合はせてゐたわけですね。恐れ入ります。それでゐて「生意気」でなく、「爽やか」だと褒められてるんですから素晴らしい。

[ 雷蔵さんの死について ]
監督『いやな思ひ出はまつたくないですね。苦しかつたちゆふ思ひもないです。ただただ惜しい俳優さんでした。』

この「まつたくない」の一言に、監督の雷蔵さんに対する愛情に満ち溢れた気持が籠められてゐるのではないでせうか。二人の間には、本当に生き死にを共にした戦友のやうな「信頼関係」があつたのだと思ひます。
下名もこれまでは本当に惜しい人を失つて悔しい、悲しいと思つてをりましたが、この歳になつて、最近はむしろ星川清司の次の言葉の方が、自分の気持に近いやうな気がしてをります。

星川清司(当時六十九歳)
『三十七年のいのちだつた。短いといへば、さうもいへやうが、そのことにさしたる感慨は、わたしにはない。戦前に天才と謳はれた映画監督山中貞雄は、二十八年のいのちであつたのだ。いのちの長さで仕事は計れない。ものを創る天分は、最初からそれと知れるものだ。燃えて燃えて、よしんばその火が途なかばで消えやうとも、それはそれでよいではないか。ちかごろ、さうおもへるやうに、わたしはなつた。』(「雷蔵とわたし」平成3年3月31日 日経新聞)

雷蔵さんの人生について繰り返し繰り返し考へて来た結果、星川の言はんとするところが漸く解りかけて来ました。雷蔵さんは確かに燃えたのだ、三十七年と言つても並の人間の三十七年ぢやない、並の何倍も何十倍も濃縮された人生を彗星のごとく燃えて生きた、百五十九本の映画を通じて、延べにすれば数千万、いや何億もの人を幸せにした天才の充実した三十七年だつたのだ。だから「それはそれでよいではないか」と、下名も思ふことにしたのです。

ところで「るもも」様、Wikiの「炎上」の記事は、作品だけでなく三島論にまで発展してをり充実してゐますね、素晴らしいです。そこで、お願ひですが、Wikiの「森一生」や「ある殺し屋」の項目が余りにも貧弱すぎるので、あなたの並外れた才能で、「炎上」並みに充実させて頂けないだせうか。この件については三輪様にお聞きなされば、「一般書」にない内容も手に入りますよ。なにしろ三輪様は、森監督を初め多くの大映関係者に直接お会ひしてますから。是非、お願ひ致します。
 

雷蔵さんと森一生監督(前編)

 投稿者:江戸のぼんぼん  投稿日:2017年 4月24日(月)10時23分2秒
返信・引用 編集済
   京都・雷夢忌の内容が大分詳しくなつて来ましたね、そして東京も建て替へたばかりの東京プリンスですね、三輪様、有難うござゐます。今年は京都みなみ会館でどんな作品が観られるのか、楽しみにしてをります。下名は毎日、みなみ会館で頂いたポスター「ある殺し屋の鍵」を眺めながら過ごしてをりますが、ふと思ひ立つて、昨年見逃した「ある殺し屋」を正座して拝見しました。調布の大映撮影所で観て以来のことです、あの日、作品をご覧になつた真城様が「フランス映画のやうに洒落てゐる」と仰つた言葉が強く印象に残つてをります。

監督は、真城様のデビュー作「薄桜記」と同じ森一生監督、カメラは宮川一夫。
ちなみに森監督は真城様について、かう語つてゐます。
『いつかテレビでまた見たときは、わりあひやつてるなといふ気はしました。』
『いまだにくれますよ、年賀状と暑中見舞。人がよくて欲がないから、スターにはなれんでせうな。だいたいスターちゆふのは、他人を跳ねのけていく人が多いから(笑)。』

この辺はサラリーマンの世界と同じですね、欲があつて「他人を跳ねのけていく人」が出世しますから。京都の撮影所長に冷蔵庫でもエアコンでも最新のものを付け届けして目立たないと、「スター」の座は確保できないのでせう。でも「他人を跳ねのけ」なかつた真城様には、今現在、さういふお人柄と役者としての腕前に惚れた我々固定ファンが沢山ついてゐますから、ご安心ください。

さて、「ある殺し屋」を見終へての感想は、「雷蔵さんが断然、格好いい(!!)」この一言に尽きます。物語の構成も、映像の構図も色調も、科白の洗練度も、音楽の響きも、すべては主人公・塩沢の内面を象徴するシャシンであり、物語は歯切れの良いテンポで展開して行きます。以前観た時よりも、主題が鮮明に理解できた(やうな気がして)、場面の一コマ一コマに「うん、うん」「なるほど」と相槌を打ちながら堪能しました。

 森監督が「森一生映画旅」といふ400ページにわたる大著の中で、「ある殺し屋」について語つた部分を、有難いことに三輪様が本HPの「フィルモグフィー」に書き写してくださつてゐますが、監督ご自身も、かなり気に入つた出来栄えだつたやうですね。以下、監督の語りを辿りながら、この作品の魅力の源を探つてみたいと思ひます。

[ まづ、脚本(増村保造と石松愛弘)と主題について ]
監督『脚本がぼくのとこへきて、やらないかといふ話になったときに、「しめた!」とぼくは思ひましたよ。やつぱり戦争に関係がありますからね。』
『ぼくは戦争に行つてきたし、なんとなくあの連中の気持ちがわかるし。で、これ、一種の戦争を描いてるんぢやないですかね。みんなが儲けやうと思つていろいろやるのも、闇物資でせう。』」

つまり、戦後の金儲け第一主義への反撥と嫌悪感が、特攻隊として従軍した主人公の、そして本作品の基調をなしてゐるといふ考へですね。周りがさういふ守銭奴ばかりだから、塩沢の孤独感が怒りと共に日に日に募り、遂には悲壮感が漂ふ域にまで達したといふ設定でせう。

ところで神出鬼没の三輪様は、このシナリオ作家・石松愛弘にもお会ひになつてますね。「雷蔵贔屓」(2011.11.30)を拝見しましたよ。また、塩沢が殺し屋になつた経緯についても、同じく「雷蔵贔屓」(2013.4.22)で明らかにされましたね。流石です。
塩沢曰く「俺はな、南の島々を廻つて、仲間の一人、一人を葬つてやりたい。」と。
これが当初の脚本に書かれてゐた、塩沢の「動機」です。本来ならここに、そのURLを張り付けたいのですが、未熟で出来ません。皆様、後程ご覧ください。

[ 色調の工夫 ]
監督『あれはキャメラの宮川(一夫)さんと「色はなるたけ殺さう」ちゆふことになつたんです。飛行場のシーンでも、色が着いてないでせう。ああいふとこ、やつぱしうまいですね、宮川さんは。墓場の横のアパートの部屋も、壁が灰色の薄い色でね。あれも成功しましたな。やつぱし違ふ人だと思ひました。』

主題が重く、主人公が裏社会で生きる男だといふ雰囲気を色調でも表した訳で、下名は何となく、調布で観たシャシンが白黒だつたやうな気がしたのも道理ですね。構図では、アパートの部屋を俯瞰した画面が「三角形」といふところが変化があると同時に、安定感があつて面白かつた。因みに宮川といふ人は、大映では随分大事にされ、一時期、森監督より高い給料を貰つてゐたさうです。

[ 映画の表現方法―画像優先、省略、リアリズム ]
監督『ぼくはときどき考へるんですがね、戦争前の映画はあまりセリフがなかつたやうに思ふんですよ。山中(貞雄)さんの「人情紙風船」でも伊丹(万作)さんの「赤西蠣太」でも、あんまりセリフないでせう。一般的に少なかつたんぢやないですか』

『ぼくは。やつぱし映画ちゆふもんは画で、映画ぢやなきや表現できないものがあるはずですよ。言葉なんぞ言はなくても。そのほうが面白いと思ひますね。』
『映画の場合、誰もゐない道が一本うつつてゐるだけで、画面がものを言ふてることがあるでせう。それは文学にはないもんですよね。映画にしかない。そういうものを探し求めていままできたんですけど、まだ、なかなか、いろいろむつかしいですね。』

『セリフが多いと、それを理解しやうというほうに行くんですね、聴覚が。黙つてりや、視覚で画のほうに行きますからね。』
『さつき言つた「赤西蠣太」とか「人情紙風船」なんか、セリフは少なくて、しかも省略法がありましたよね。なんと素晴しい感性だ、ほんとに映画だな、と思ひます。省略して、殺すところは見せずに、殺した感じになるとか、昔はみんなさういふやり方でしたよ。直接的な描写は少なかつた。』

『みんな見せちやふのが映画ぢやないんです。セリフも多すぎんほうがいいです。
ところがいまは、全部言はんとあきたらんのですな。お客さんのほうも、みんな見せろといふ感じになったんでせうな。どこもかも全部見んと承知せんといふことですかな。』

「全部見る」それが「リアリズム」かどうか、それは芸術に名を借りた「覗き」に過ぎないのではないだらうか。さういふ疑問をかねがね抱いてゐたところです。いはゆる「リアリズム」をひたすら追ひ求めた結果、現代人はどうなつたか、いやさ、どう落ちぶれたか、森監督の答へはかくのごとし。
『その間に、思考力がなくなるんですよね、想像力も。』
慧眼です、森監督の面目躍如たるものがあります、この心意気で百二十九本の映画を作つたのですね。近代の宿痾ともいふべきリアリズムに毒されまいと奮闘した森監督を、下名は深く尊敬します。

そこで、監督が良く引き合ひに出された山中貞雄の「人情紙風船」がどんな作品なのかと思つて先日、観ました。参りました、圧倒されましたね、これが二十七歳の若造が作つた映画かと。特に最後の場面は、詳しくは書きませんが、絶妙の「省略」によつて、観客の誰もが「想像力」を働かせて何があつたのかを承知し、深い感慨に浸ることになる筈です。実に見事、紛うことなき天才ですね。そして山中貞雄と二歳違ひの森監督も、わづか二十五歳で監督となり、当時「映画会の麒麟児」とまで謳はれた天才でした。

[ ともかく映画が好き ]
監督 『好きです、現場が。結局、セットへ行くちゆふことは、全然別の世界へ入つていくことですよね、現実とは別の。それがうれしいんですな。なんか幻の世界になるといふか。』
『一本の脚本(ホン)を映画化するために、みんな一緒にやつてるわけですよね。これはぼくは一期一会だと思ふんです。だから、さういふ人間、一緒に仕事したもんは、みんな好きですね。』

京都大学を二番で出て日活映画に就職したとき、母親から「どうしてそんな河原乞食になるんや」と嘆かれた森監督は、只々「好き」の一念で映画界に飛び込んださうです。映画が好きで、映画を一緒に作る仲間も好き、そして、大映一の呑み助と言はれたほど酒が好きで、
『とにかく仕事終つてスタッフルームでみんなで飲むのが、いちばん酒がうまいですね。』
といふ人でした。スタッフを大事にしたし、若い人にもどんどん仕事を任せてくれて、おまけに仕事が早くて残業が少ないので必然的に飲む機会も多く、スタッフの間で森組は人気があつたさうです。当然でせうね。下名も入りたいです森組に、飲めませんが。
話が大分長くなつたので、ここで一休み、後半で雷蔵さんについて語つて頂きます。

 

第42回湯布院映画祭

 投稿者:管理人のみわです  投稿日:2017年 4月20日(木)00時34分28秒
返信・引用
   以下は湯布院映画祭フェイスブックよりの情報です!!!

~第42回湯布院映画祭は8月23日(水)の前夜祭を皮切りに、
27日(日)までの開催となります。

 特集企画は既に決まっております。
(実は昨秋の段階で決定しておりました。42回は動きが早いのです)
中島貞夫監督と脚本の高田宏冶さんの特集を三日間に渡って行います。
(中島貞夫監督の特集が一日、中島監督と高田宏冶さんの特集が一日、
高田さんの特集が一日という構成になる予定です)
お二人からもゲスト参加の承諾を既にいただいております。~

 特集のお二人とも雷夢忌やオフ会にゲストとしてお招きし
お話しを伺っています。特に、高田先生は雷蔵さんの遺作
『博徒一代血祭り不動』の脚本を書かれ、その際のエピソードなども
しっかりと伺いました。
また、お二人とも弊クラブのよき理解者であり、素敵な紳士です。

 モチロン!行きます。全期間参加します。
先月、すでに開催期間中の宿の予約も済ませております。
いつも一人で参加ですが、予約した部屋なら
多分もう二人くらいは泊まれそうですので、ご希望の方は当方にお知らせください。


http://www.raizofan.net/link11/takadakoji.htm

 

「炎上」

 投稿者:るもも  投稿日:2017年 4月14日(金)08時21分22秒
返信・引用
  みわ様、ご厚意どうもありがとうございます。三島由紀夫の「金閣寺」繋がりで雷蔵さん主演の「炎上」のDVDを見たんですが、その演技力、顔の微妙な表情の素晴らしさ、本当にすごいですね。びっくりしました。原作者から激賞された理由も分かり、記事を充実させたいなあと思い、文献にはなかった詳しい惹句・併映の情報をこちらのサイトで見つけまして、是非入れるべきものと参考にさせていただきました。一般書ではなかなか載っていない貴重な情報が得られ、とても助かりました。珍しい写真も多くあって楽しいサイトどうもありがとうございます。これからもみわ様のご活躍お祈りしております。  

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